パリ珍道中 ⑥

日本の保険会社に、スリに遭った事を伝え、思い出せる限りの財布の中身を伝えました。明日フランスの警察に行く事にして、モガドール劇場へと向かいましたが、私はいま、一文無しなのです。晩御飯も食べられない、演奏会のチケットなんて買えやしない、とにかくショックで、足が重たかったです。周りの日本人留学生達も、にわかに起こった珍客の災難に半ば迷惑そうな、半ば気の毒そうな、何とも言えない空気を纏っていました。今から世界のミドリの演奏を聴こうというのに、この間の悪さです。その場を離れる訳にもいかず、身の置き場がありませんでした。ところで、皆チケットを持っているかと言うと、持っていませんでした。今から劇場に行って、当日券のキャンセル待ち⁇をするのだそうです。とにかく勉学に励む留学生ですから、お金は大事に遣います。いい演奏会はゴマンとあっても、天井に近い学生席の空きを待つんだそうです。当日売ってしまう人などを待つ為に、とりあえず劇場に入りました。
着飾った人々や、見るからに学生風の人などがいましたが、まともに顔を上げることが出来ませんでした。
だんだん開演時刻が近くなって、ロビーに居る人が私達だけになりました。どうする⁇もう無理⁇とヒソヒソ話をしていたら、何やら日本人風のビジネスマンの様な人が、日本の方ですか?と声をかけて来ました。
何か胡散臭そうな顔をして、グループのボス的な女の子が、そうですが⁇と答えると、今日のチケットを持っているか尋ねられたのです。無いと答えると、丁度6枚券を持っているのだが、来るはずの人が来れなくなった、代わりに座ってくれないか?という趣旨を話すのです。皆顔を見合わせて、え⁇間髪入れずに、怪しいものではありません、どうかよろしくお願いします、と託されて、急にホールに入れる事になりました。何がなんだが、開演のベルも鳴ったので、急いで座席を探したら、前から4列目が空席になっています。え⁇、あんな前の席なのかと内心仰天して着席しました。あり得ない位の良い席でした。
世界のミドリがベートーヴェンのスプリングソナタを弾いていても、やはりスリに遭ったショックは深く、気持ちが沈んだままでした。それとは正反対の素晴らしい演奏会でした。

安佐北区 ピアノ教室 可部 長西純子ピアノ教室